コロナ下の「ポジティブな転職」を考える <後編>

退職、転職の意味が変わろうとしています。一社で就労を続けることが当たり前だった時代には退職は"脱走兵"のような扱いでした。しかし、現代においては新卒比率が高い大企業ですら、退職者に加え転職者にも触れる機会が増えているのではないでしょうか。また、出戻りやアルムナイネットワークにより、一度退職した元社員の知見や経験を循環させる仕組みを作る会社も増えています。


前回の記事では、OpenWorkの「社員クチコミデータ」を元に、コロナショックの影響を受けて労働市場が大きく揺れ動く状況下においても自律的に転職した「ポジティブ退職」の動向を分析しました。今回の後編では、更に統計的なアプローチにより、転職時の年齢や転職前の企業規模、転職前年収、新卒かどうか、残業時間などの要素が転職前の企業への評価につながるのかといった視点を加えて分析します。


「ポジティブ退職」をする人の傾向

まず、前編でご紹介した「ポジティブ退職」をする人の傾向を整理します。

① 在籍年数:在職年数が短い退職者においてポジティブ退職率が増加している。また、若手層においても増加

② 新卒入社か中途入社か:中途入社者のポジティブ退職率が高まっている

③ 年収:年収が1000万円以上であったハイエンド層においては約6人に1人がポジティブ退職をしている

④ 企業規模:中小企業、スタートアップ企業においてもポジティブ退職率が高まっている


こうした4つの要素に加えて、今回は年齢・性別、働き方改革に関する要素(有給休暇取得率、月残業時間)、職種(営業職、企画職、バックオフィス職)を加えた分析により、「ポジティブ退職」に対する各要素の影響を見ていきます。(分析は被説明変数を転職前企業へのNPS(i)が8点以上であったかどうかのダミー変数(ii)とするlogit分析にて実施。正社員勤務かつ退職済みを対象として実施。)


(i) NPS(ネットプロモータースコア)は「あなたはこの企業に就職・転職することを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問に対する10点満点の11件法の質問への回答。ここでは、退職済みの者に限定して集計することで、転職前企業への評価の指標として用いる。

(ii) NPSが10点満点中8点以上の者を「1」、それ以外は「0」とするダミー変数。2020年退社者では、全体の7.0%が8点以上であった。


年収、有給取得率、残業時間などの影響が拡大

図表1では、退社時期に応じて3つの時期区分を設け(2020年、2016~2019年、2011~2015年)、ポジティブ退職率を上げる要素(係数が正だったもの)を黄色、ポジティブ退職率を下げる要素(係数が負だったもの)を緑色で着色しました。また、有意水準にアスタリスクがあるものが、ポジティブ退職との間に正負いずれかの関係性が確認できた項目となります。なお、アスタリスクが多い項目の方がより明確に関係があることが確認できた項目と言えます。各項目について、順に詳しく見ていきましょう。


1. 年齢

年齢については、どの時期区分でもマイナスに有意な結果となっており、経年による大きな変化はありません。つまり、年齢が高くなるほどポジティブ退職がしにくくなることを示しています。他方、時期を追うごとに有意水準は低下しており、これはマイナスの関係性があるかどうかが段々と不明確になってきていることを示しています。若年者の方がポジティブに退職しやすい傾向がありますが、ただその関係は今後消えていく可能性があると言えます。


2. 性別(女性ダミー)

性別については、マイナスに有意な結果となっており時期別で変化はありませんでした。男性より女性の方がポジティブに退職しづらい傾向があると言えます。これは、“マミートラック問題”に代表されるような中長期的なキャリアパスに対する不満が転職に直結している等、女性の退職が転職前企業に対して負のイメージを抱えるケースが多い状況が継続していることを示唆します。


3. 企業規模(対象企業従業員規模)

企業規模は2019年までの退職者においては、プラスに有意な影響を持っていました。つまり「大企業にいた人の方がポジティブに退職しやすい」状況であったわけですが、それが2020年の退職者については有意ではなくなっています。つまり、企業規模の大小によるポジティブ退職の発生確率に影響はない、というのが最新の状況だったのです。かつては、大企業は給与・福利厚生に始まり職場環境などに至るまで相対的に良好であり企業のブランド力も相まって、ポジティブに退職する人が多い傾向にあったようですが、その影響力は年々低下していると言えそうです。


4. 当時の年収

転職直前の年収は時期に関わらずプラスに有意でした。これは年収が高くなればなるほど、ポジティブ退職率が上がることを示しており、前回のコラムとも整合的な結果となっています。年収と企業評価は一定の関係を持つというこの結果は、肌感覚としても納得できます。


5. 在籍年数

在籍年数についても、時期に関わらずプラスに有意でした。在籍する年数が長いほど、転職前企業をポジティブ退職率は上がっています。ただし、近年では入社後早期に離職する若年層でもポジティブに退職率が増加傾向であることから(在籍年数3年未満のポジティブ退職率2019年以前5.2%→2020年7.0%)、別の要因が存在していることが示唆されています。


6. 新卒入社か否か(新卒入社ダミー)

新卒入社に絞ってみると、2011~2015年においてのみ、マイナスに有意な結果となっていまいた。新卒入社後にリアリティショックによるギャップがあった場合などにネガティブなイメージを持って退職していく像が想像されます。他方で、2016年以降の退社者においてはこうした関係は見られません。もはや、新卒入社か中途入社かの違いはポジティブ退職に関わりがなさそうです。


7. 有給取得率

有給休暇の取得率はプラスに有意な結果が続いています。有給休暇取得率が高かった人ほど、転職前企業をポジティブに退職している確率が高い、ということです。また、有意水準は変わらず係数が大きくなる傾向があることから、その影響の度合いは高まっていると解釈することもできます。働き方改革によって企業が公開することになったのがこの有給休暇取得率ですが、退職者への効果も大きなものがあります。


8. 月残業時間

月残業時間についてはプラスの影響からマイナスの影響へと変化しています。2011~2015年においては有意にプラスの影響でした。他方、2016年以降においては有意にマイナスの影響へと転換しています。2016年以降、とくに2020年の退職者においては1%の有意水準でマイナスの影響を持っています。これは、残業時間が長くなればなるほどポジティブに退職できる確率が下がることを示しています。


9. 職種(営業職ダミー、企画職ダミー、バックオフィス職ダミー)

最後に、職種の違いによるポジティブ退職との関係性について検証しています。2019年以前には有意水準は低いものの一定の関係性が見られましたが、2020年には3つの職種すべてにおいて有意な関係は消失しています。職種による違いはなくなっており、どのような職種でもポジティブ退職の可能性は一定程度存在していることがわかります。


「ポジティブ退職」を増やすためには

今回の結果の整理を以下にまとめます。

① 規模の大小によるポジティブ退職の発生確率に影響はない

② 新卒・中途入社もポジティブ退職の確率とは無関係

③ 有給休暇取得率が増えるほど、残業時間が短くなるほど、ポジティブ退職の確率が上昇する

④ 職種ごとのポジティブ退職率の傾向は見られない


また、以下のような社員はポジティブ退職が少なくなる傾向が見られており、逆の見方をすれば新たな施策によって急速に改善できる潜在性があると言えます。

① 年齢が高い(かつ在籍年数が短い)中途社員

② 性別

③ 年収が比較的低い社員


現在の経済社会の情勢を鑑みれば、退職者が出る状況は避けられないでしょう。もちろん定着率が好転しない状況を放置すれば、自社の人材戦略の先行きは真っ暗かもしれません。しかし、社員が会社のことをポジティブに捉えていれば、自律的なキャリア形成の結果として退職していくことになっても、その後のクチコミによる波及効果のみならず、出戻りによる知見・経験・人脈の還元や、アルムナイネットワークへの良い影響も見込むことができます。


現在勤める会社に満足しながらも、更なる活躍の場を求めて退職していく「ポジティブ退職」は、2010年代よりも更に急激な変化が伴うグレートリセットの時代に際して、新たな「人で勝つ」企業の在り方を私たちに示しているのかもしれません。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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