日本においては、新卒一括採用で就職した学生の、早期退職が根深い問題となっています。直近のデータを見てみましょう。2014年卒学生が3年以内に退職した比率は、32.2%(厚生労働省,「新規学卒者の離職状況」)となっており、最も辞める若者が少ない1000人以上の大企業においても24.3%、実に4分の1の学生が3年以内の退職を選んでいます。2014年卒では約43万人の大学生が就職していますから、3年間でこのうちの約14万人ほどが早期のドロップアウトを選んでいることになります。
日本の就職活動は、職業選択をそれまで一切行っていないなかで学生が初めて行う選択であり、職業アイデンティティ確立のためにも大きな影響を与えていると言われています。このため、然るべき時期になると、学業より優先して就活に取り組むわけですが、それだけの大きなコストをかけて入った企業から早々に退職すること自体については、社会的に大きな議論を呼んでいます。
こうした若者の早期退職の問題について、Vorkers(現:OpenWork)の社員クチコミデータを用いて、その原因の一端に迫りたいと思います。
就職早々の若者が退職する理由について、「理不尽な扱いを受けた」など自身への待遇や評価の不満、「ノルマがきつすぎる」「拘束時間が長すぎる」などの職場環境のストレス、また、先輩たちを見てキャリアの見通しがつかなくなったことなど、多様なネガティブな理由を聞き及びます。世の中には信じられないような劣悪な環境で、“求人詐欺”と言われるような企業もあるようですが、今回はデータを用いてより精緻に「退職者は何が不満だったのか」をみたいと思います。視点として、男女別の視座を設けて整理したのが以下の表です。
「下落値」は、現職の25歳以下の若者のスコアから、退職者の25歳以下の若者のスコアがどの程度下落したのかを表しています。赤色背景のスコアが下落値が比較的大きいスコア、つまり、退職者が現職の人よりスコアを特に低くつけている項目になります。スコアの下落傾向は項目によって異なり、また、男女間でも大きな差があることがわかります。
男性は、「風通しの良さ」が最も下落しています。次いで、「待遇の満足度」です。
女性は、「待遇の満足度」が最も下落しており、「人材の長期育成」や「人事評価の適正感」も大きく下落しています。
待遇に対して不満を持って辞めた若者が多いのは男女共通のようですが、男性では自身の意見が取り入れられるか、裁量権が大きいか、といった若いころから活躍したいという願望の表れなのか、「風通しの良さ」という組織文化的な要素に不満をもった人が退職する傾向にあります。女性では、男女間の理由なき待遇差など理不尽な評価への感度が高いことが、「人事評価の適正感」の下落が大きい人の退職に繋がっていそうですし、ロールモデルの不在からくる「人材の長期育成」への不満も早期退職という結果を導くようです。
Vorkers(現:OpenWork)の社員クチコミデータのコメントを用いて、さらに詳細にその理由を探ってみましょう。
若手男性は“今、活躍したい”
退職者のコメントにおいて、現職と比較して多かった語は、「言う」「くれる」などがあります。「風通しの良さ」という要素に注目して、会社で意見を「言う」、上司が気にかけて「くれる」といったイメージで、実際にはどんな声があがっているのかいくつか挙げてみます。
「自分から発信していける人間が大好きな会社で、何か案を言うととりあえず『やってみよう』とかなり風通しのいい環境です。」
「個人の意見を比較的尊重してくれて、人材の成長を見守っていく社風があると感じました。」
「いい上司などに当たればしっかり教えてくれるが、悪い上司になると、教えてくれない」
「大きな会社になりすぎて、働いていても面白みもやりがいもない。」
「若手がどんどん意見を言えて、かつそれが叶うこともあると聞いていたが、実際はそんなこともないかな…という印象。」
若い男性は“風通し”に敏感です。若いうちから活躍したいという願望があり、説明会で「弊社は若い連中が元気で・・・」などといった文句は大きな魅力につながりますが、同時に入社後に失望する原因にもなっていることがわかります。また、“若手”の概念が、学生と企業でずれているのではないか(つまり、企業が言う若手はせいぜい30代前半以上であり、それは学生からすると“若手”ではない)、というコメントもありました。
若手女性は“将来も活躍していたい”
女性については、退職者のコメントで多いのは、「役立つ」「働く」などでした。若年の女性では人材の長期育成に不満がある人が早期退職していましたが、キャリアアップに「役立つ」、しっかり「働く」人の評価が・・・、といった文脈で出現していることが推測されます。
こうしたワードに注目して、待遇や人事評価の適正さや、人材の長期育成に関する、実際の声としては、以下のようなものがあります。
「転職しても役立つようなキャリアはほとんど身につけられない。ここの会社でずっと働いていくにはいいと思うが、キャリアアップを考えているのであれば、早期に転職すべきだと思う。」
「とにかくキャリアプランが不明瞭。転職するにしてもここで培ったスキルで他社で役立つことはあまりない。」
「お客様、同じ働く社員とのストレス耐性や社会人になり理不尽なことも多くなるぶんどう乗り越えて行くかなど考えるようになった。」
「このまま働いていても体を壊してしまうだけで何も変わらないのではと考えたため。働くだけでプライベートもなく、せっかく稼いだお金も使う時間がない。」
「忙しい部署に配置され業務に真面目に働く残業する人の評価は下がり、暇で1日特に何もしていないが定時に退社できているため評価が下がらないなどの体制に嫌気がさした。」
男性よりも女性のほうが、未来を見据えてキャリア選択をしていると言われます。出産・育児というライフイベントを現実的に考えて企業選びをする。その中で、優秀な女子学生ほど一般職を選ぶ、などの話も出てきました。育休が取りやすく、また、育児をした後に復帰をして長く働いているロールモデルが一般職の女性の方々には存在するからです。こうした志向は長期の人材育成や自身のキャリアを重視する傾向に繋がり、自分のキャリアに資することがないと判断した際にはあっさりと転職してしまう人々の声を多数みることができました。
新卒一括採用という仕組みは若年失業率を下げる効果があると言われ、日本の世界的な若年者の失業者数の少なさを保つ優れた仕組みである一面が確かにあります。他方で、そのマッチングの仕組みはもちろん完全ではなく、今回取り上げたような不満が、入社から間もなく噴出しており、就活でのコミュニケーションが完璧でないことを示唆しています。今回取り上げた、男性・女性という観点では、男性学生は短期的に“自分が活躍できる環境への不満”が退職のトリガーになっていますし、女性では待遇への不満とともに“将来への見通しの悪さ”が結果として退職への道に導くことになります。
現在の就活では、企業規模や業種、勤務地だけでなく、有給取得率や平均残業時間、社員平均年齢など、たくさんの簡単に比較できることが存在しています。しかしそうした“見えやすい部分”の比較だけではなく、今回とりあげたような“見えざる重要部分”について自分なりに考え、企業と対話する機会に、就活をしていくことが望まれます。
このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
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