企業を憎みながらも転職は考えない、「滞留・ぶら下がり」社員の現状

副業・兼業、中途採用の活発化、フリーランスの活用・・・。企業と個人との関係が大きく変わりつつあります。これまで手持ちの駒で最良のメンバーを組み合わせて自社の利益を最大化するいわば“将棋型”の人材活用が行われてきました。他方、今起こっている変化は中途採用、外部人材活用、アウトソーシング、さらにはRPA・AIなどによる機械の力まで、作りたいもののためにチームを形成する“LEGOブロック型”の人材活用です。


こうした中で、今企業が雇用している社員との関係も変わります。企業と“従”業員は絶対的な主従関係ではなく、その企業から出たいのであれば転職市場は広大であり、また、副業・兼業などの形で社外活動を行いネットワークやスキルを広げることも可能です。個人にとっての雇用先企業以外の可能性が存在し始める時代のなかで、今回は興味深いデータを紹介したいと思います。


企業を憎みながらも転職は考えていない「滞留・ぶら下がり」型社員が4.7%

Vorkers(現:OpenWork)社員クチコミデータには、記入者の現在の転職ステータスが存在します。転職目的でVorkers(現:OpenWork)を用いているのか、転職目的以外(自社リサーチ、他社の情報収集など)で用いているのか、によって分類した上で、総合スコアが著しく低い者と著しく高い者がどの程度いるのかを図表1に整理しています。

もちろん、Vorkers(現:OpenWork)は転職先候補の企業を検索し、スコアを見てその企業の特徴を把握し、また書き込まれたコメントを見て詳細なその企業の制度や風土を検討する、という利用目的で活用される方が多いプラットフォームです。


転職目的で使う方が多く、また転職目的である場合には“企業に対して低い評価をしている”ために転職しようとしているというのが一般的な理解かと思います。他方、このコラムの第一回でも取り上げたように、企業を離れたいと思っている転職目的の方でも企業に対して著しく高い評価をしている(「ポジティブ退職」)場合が存在しています。今回の分析でも、現職在籍中で、転職目的の個人のうち、5.0%がそうした「ポジティブ退職予備軍」となっています。しかしながら、現職企業に対して総合スコア2.0以下という著しく低い評価をしている転職目的の個人もおり、8.1%存在します。現職を憎んで退職していく、「喧嘩別れ寸前」の状態にあると言えるでしょう。こちらの方が一般的な転職のイメージに近いと言えます。


一方で、転職目的でない個人においては、奇妙な現象が起こっています。現職企業に対して著しく低い評価をしているにも関わらず、転職は考えていない、という個人が4.7%存在するのです。「滞留」志向、あるいは「ぶら下がり」志向ともいえるこういった者の存在は、企業-個人間関係が完全に対等ではないこと、あるいは転職市場によるキャリアトランジションの流動性がまだ十分に高まりきっていないことを示しているのでしょうか。(なお、転職を考えていない者のうち、現職を著しく高く評価している個人は14.8%であり、この「相思相愛」タイプの関係はやはり主流であると言えそうです。)


「滞留・ぶら下がり」型の社員は増えているのか

では、この奇妙な個人、現職企業を著しく低く評価しているが転職を考えていないという「滞留・ぶら下がり」型の社員は増加しているのでしょうか。


転職目的でない個人のうち、スコア4.0以上と2.0以下の層の割合を経年で整理したのが図表2です。


データが比較可能な2015年以降、著しく高い評価をしている層:「相思相愛カップル」は増加傾向にあり、著しく低い評価をしている層:「滞留・ぶら下がり」は減少傾向にあることがわかります。「滞留・ぶら下がり」は企業にとっても、個人にとっても望ましいとは言えませんがそうした個人は徐々に減っている傾向にあると言えそうです。

「滞留・ぶら下がり」型の社員は所属企業の何が不満か

では、こうした社員は企業の何が不満なのでしょうか。図表3に整理しています。


評価者全体のスコアと、細目のスコアの分布を比較すると、「20代成長環境スコア」や「人材の長期育成スコア」が特に低いことがわかります。個人が企業から受け取るものとして給与はもちろんのこと、仕事を進める中で、OJTやOff-JT(研修等)によってスキルやネットワークなどを得ることができるか、そうした知識伝達の風土が存在するか、といった成長環境があります。この点について特に敏感に反応しているのが、企業に滞留・ぶら下がり志向となっている個人と言えます。

企業に不満を抱く社員が取りうる行動として、転職は大きな選択肢です。転職においては「人間関係」や「待遇」、「企業の将来性」などに“不満を持つ”ことが理由として挙げられることが多い傾向にあります。しかし、すべての不満な社員が退職するとは限りません。強い不満を持ちながらもその企業に残り続け、また、転職する意向もない「滞留・ぶら下がり」志向の社員は、今回の整理で見えてきたように一定数存在します。


こうした社員は成長環境の不在、換言すれば自己のステップアップのためのチャンスが無いと感じていることがその背景にはあるようです。著しい不満を抱えながらも在職し続ける状況は、企業・個人、ともに望ましい状態ではありません。著しい不満を抱えながら、その企業で高いパフォーマンスを発揮することは困難でしょう。


また、「滞留・ぶら下がり」志向の社員については、その年齢が高いわけでもありません(図表4)。まだ今後のキャリアパスが長く続いていくにも関わらず、望ましくない状態に陥ってしまっているという現状にあります。企業側としても、こうした社員に対して不満を取り除くような環境を構築していくことが望まれますが、まだ年齢的にも若い社員に対しては社外の環境に触れる機会を増やすことで退出を促すことも、企業・個人双方にとって有用なアプローチとなることでしょう。

転職市場が活況となるなか、確かに「滞留・ぶら下がり」社員は減少しています。しかし、人材の囲い込み戦略をとり続ける企業は、一定数発生してしまう「滞留・ぶら下がり」社員が“社員の成長環境”という一朝一夕に改善することの難しい要素に敏感に反応していることから、有効な手が打てない可能性が高いと言えます。こうした、“企業-個人間関係の失敗”ともいえる状況が存在していることに対して、果たして企業と個人、一対一の関係のなかで解決し切る必要はあるのでしょうか。「士は、己を知る者のために死す」という有名な言葉があります。退職する勇気は、個人がより良いキャリアパスを歩むための重要スキルなのかもしれません。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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