残業時間が長いということは、どんな問題を引き起こすのか

「生産性をあげろ」というのは、かつては製造現場のキャッチフレーズでしたが、今では営業からバックオフィスまでどんな仕事であっても聞かない日はない言葉になりました。労働の生産性は一般に、成果÷時間で計算されます。肌感覚としては、労働時間が長い企業よりも短い企業の方が、この割り算の答えが大きくなる可能性が高く、それと同時にプライベートの時間が長くなる効果もあり、社員が気持ちよく働いていると考えられているのではないでしょうか。そのような話に加えて、シンプルに残業時間の長い企業は学生からも転職者からも敬遠されており、例えば新卒学生においては月残業時間が「30時間よりも多いか」などの基準をもって企業選びを行っているケースもあります。


社員に悪い影響を与えているとされることの多い、残業の長さ。では、社員の“どんな部分”に対して悪い影響を与えているのでしょうか。今回は、社会の中で共有されながらもその状況については肌感覚的な意見に留まっている状態にある「残業時間が社員に与える影響」の実態について、Vorkers(現:OpenWork)クチコミデータを用いて考えてみたいと思います。


ほぼ全スコアで“高得点者は残業時間が短い”

データについてスコアの数値を整理してみた結果を一言で表すと小見出しのとおりでした。全スコアではありませんでしたが、ほとんどのスコアにおいて、企業に高得点を付けた者(この場合は3.0以上)のほうが、低得点を付けた者(3.0未満)よりも残業時間は短い結果となりました。残業時間が長い個人と企業への評価が低いことの関係は予想した通りの結果といえるでしょう。


総合評価においては、高得点者が月31.8時間に比べ、低得点者では月35.7時間となっています。他のスコアもこのような傾向がありますが、一方で、20代成長環境スコアはほぼ唯一逆転しており、高得点者が34.7時間、低得点者が31.9時間と企業に高い点数を付けた者の方が残業時間が長い結果となっています。また、人事評価の適正さスコア、社員の士気スコアについては差はほぼありませんでした。

「残業時間の長さ」というファクターは、やはり社員→企業の評価に対して深刻な悪影響をもたらしている傾向がある可能性があります。ほぼ全要素に対してネガティブという意味では、そのようなファクターはもしかすると他にないかもしれません。


今回の結果は企業に対する個人の評価という点で特段意外な結果ではありませんが、全体的に企業を高く評価している人は残業時間が短い傾向にあるなかで、全く逆の傾向にある20代成長環境スコアだけが異質性を放っているとも言えます。


このコラムでも取り上げたように20代における「修羅場経験」や「一皮むける経験」に対する成功体験を持つ人は多く、ストレッチした目標を持つことによる自身のキャリアアップが現在の自身の専門性やキャリアの骨格をなしている自覚があり、20代成長環境スコアと残業時間の関係性に影響しているのでしょうか。この点をより具体的にみるために、20代に限定して残業時間と20代成長環境スコアの関係を見てみることとしましょう。


残業時間80~100時間でピークを迎える「20代成長環境」

29歳以下に限定してスコアを整理したのが下の図です。

20代成長環境スコアをみると、実は月残業時間80~100時間をピークとする山形になっていることがわかります。それを超える残業時間になると今度は低下しますから、このあたりの残業時間が、無理なく「修羅場経験」を得させてもらったと感じる最も効果的な労働時間なのかもしれません。他方、比較のために、20代成長環境スコアに対してより中長期的な育成環境をみる「人材の長期育成スコア」と総合評価を併記していますが、両方とも残業が無い(0時間)という者をピークにしてあとは一貫して低下しています。


自身の成長環境という観点には、ほかの企業の評価の観点とは独立して、残業時間というファクターがネガティブに働かずむしろ一定までの残業時間の業務は肯定的に捉えられている傾向があるようです。


また、残業時間と年齢層の関係については興味深いデータがあります。総合評価と月残業時間を年齢層別に整理したものです。

45歳以上のミドル以上を29歳以下の若手と比較しています。これを見ると明確に、ミドル以上の方が残業時間が長くなるとスコアが急激に低下していることがわかります。逆にいえば、若手は残業時間が長くなってもあまりスコアが低下しません。つまり、若手は残業時間が長くても企業の評価スコアに悪い方向に響きにくい傾向があるといえます。残業時間の長さは企業の多くの評価スコアにネガティブな影響を与えている可能性を先述しましたが、若手においては「残業時間のスコア弾力性が低い」とも言える結果になっています。またそれぞれの年齢において月40時間というのがひとつの境目になっている傾向が見られます。これを超えるとスコアは急激に低下しはじめるのです。


若手のうちはやはり労働時間=成長なのか?

今回の結果からは、「石の上にも三年」、「飯炊き3年握り8年」などの言葉で古くからキャリアづくりが表現されてきた通り、やはり若手のうちの長時間労働こそ成長環境に繋がるかもしれないという状況が見えてきます。


しかし、長期育成スコアは労働時間によっては高まっておらず、中長期の人材育成力には繋がらないというジレンマも抱えています。若手のキャリア選択における重要な選択肢として、「育てて貰える厳しい環境」(若手の残業が長い会社=20代成長環境スコアが高い)あるいは「緩いが長く働ける環境」(若手の残業が短い会社=人材の長期育成スコアが高い)という単純な二項対立が存在していると言えるでしょう。


今回のような状況が存在していることを受けて、今後企業が追及するべきは以下の2点となると考えられます。


① 若手が成長環境を感じられる月残業時間の圧縮

働き方改革のなかで、企業において時短は第一フェーズの取組であり、OJT・OFF-JT(研修等)問わずより効果的な育成手法の構築が求められることは言うまでもありません。加えて重要なのは、ピークとなっている回答者の残業時間は月80時間を超えているという状況そのものであり、コンプライアンス的な問題もあります。特に日本企業でとられているOJT型の人材育成は労働時間が成長に直接影響するポイントもあり、時間を削れば育成力が低下するという結果をもたらす可能性があります。理想は、残業が短く、成長できる企業こそが生産性が高く一番良いのです。


② 20代成長環境は感じているが、企業全体の評価スコアは低いという個人のケア

今回の結果から、特に残業時間が長い層にこうした社員が多数存在していると考えられます。このタイプの社員は成長するものの、企業へのエンゲージメントが低く転職してしまう傾向があり、転職後も良い印象を持っていないことになります。企業にとっては投資をしたものの、完全にネガティブなレーティングリソースになっており、人材の負債といえます。逆に、こうした社員を特定しケアすればその社の若手の成長環境を認めているだけに、強力な若手採用のリソースになりえますし、エンゲージメントも回復しやすいのではないでしょうか。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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