経済成長と幸福の両立は可能か。 最新の研究データを紐解いて見えてくるキーファクターとは。

経済成長と成長を支える人の幸福、その両立が可能か否かは、誰もが関心のあることだろう。しかし、それはどうしたら実現できるのかの答えは、未だ見えてはいない。

楽天グループ株式会社(以下「楽天」)で楽天ポイントなどの重要アセット戦略の責任者を担いながら、日本の課題について研究を進める、松村有晃氏と、オープンワーク株式会社の代表取締役・大澤陽樹が、「なぜ日本は低迷したのか」「日本が抱える課題」「課題を解決するためにまず何から始めるべきか」について、理想論だけではなく、データをベースにして語り合った。


世界からのリスペクトを失った日本

大澤陽樹(以降、大澤):松村さんは、楽天で、マーケティングアセットの戦略責任者を担われています。肩書としては、上級執行役員・プラットフォーム戦略統括部ディレクターです。一方で、もはや研究者とお呼びしても良いスケールで、独自に収集されたデータ分析をもとに、日本の現在地や日本の課題について提唱されています。その活動が非常にユニークでアウトプットは興味深く、ぜひじっくりお話してみたいと思っていました。

noteなどでも公開されていらっしゃいますが、なぜ楽天で重責を負いながら研究を続けているのですか。


松村有晃(以降、松村):勝手に好きでやっていることで、子供時代からの疑問がベースにあって、大学時代にギターとリュックを背負って世界一周をした経験が、考え始めたきっかけです。

子供時代からの疑問というのが「日本がなんで経済大国と言われるのか、なんでこんなに強い国・平和な国と言われるのか」なんですが、ずっと、不思議なこと言われてるなぁと思っていましたね。


バックパッカーとしての経験でいうと、「世の中を動かしてるのは宗教とビジネスだ」と思ったことが大きいです。特に宗教は、人生の意味づけも頑張る意味もくれますから。日本でこれから新たに宗教を作るのは難しいので、哲学を持つ必要があるよなと思いました。そして、ビジネスを学ぶために経営コンサルティング会社を選んだわけです。

ちなみに、平和で良い国っていわれていた日本も、20〜30年間で様変わりというか、案の定、低迷していますよね。

去年、楽天で働いて15年という節目だったので、また世界一周してたんですが、実際に世界における日本の立ち位置みたいなものは、リスペクトからは程遠いと痛感しました。


大澤:僕も学生時代にバックパッカーだったのでちょっと共感しつつ、どういうタイミングで、日本の惨状を感じたんですか。


松村:まず、旅の間に、多くの国の人たちが「人生は楽しむべきだ」という考え方を持っていたけれど、日本にはないなぁと感じました。さらにその後、ハーバードビジネススクールに通った時ですね。50カ国くらいから生徒が参加しているんですが、まぁ日本の企業はケーススタディとして取り上げられないんですよ。国家別のケーススタディとしても関心を持たれていなくて、中国やブラジル、10カ国くらいについて議論しましたが日本が登場することはありませんでしたね。

大澤:ショッキングな現実ですね。


松村:そういう事実に直面しながら、コンサルティング会社で培われた課題解決への志向が出てくるわけです。僕は課題がなければ考えないし働きもしないんですけど、解かなきゃならない課題が見えてきた。


「日本がダメなら、自分だけでも」思考で、国力が低下し続ける

大澤:松村さんから見た日本の課題とはなんでしょうか。


松村:簡単に言ってしまうと、お金を使って遊ぶことは好きだけど、働くことがあんまり好きじゃない。消費活動が生産活動を上回っていることです。生産活動や消費活動を偏差値化したデータがあるんですが、日本の生産偏差値は46くらいで、消費偏差値は62。

要は、これまでの世代が働いて作った資産を食い潰しているだけ、なんです。

大澤:働くよりも遊ぶが上回るというイメージは、僕自身にはなかったので意外ですね。

松村:これじゃあ、国の成長どころかジリ貧になって持続しないですよね。こういったデータも踏まえて、日本のイシューは「働く喜びがないことだ」と考えました。自分自身も組織長を担う立場だったので、まずは自組織からと、「ワークハッピー」と掲げて仕事をしています。パフォーマンスを上げようみたいなことを先に持ってくるんじゃなく、「働くこと自体を楽しもう」と真正面から。課題提起だけしても無責任で説得力がないので、やって見せてなんぼだなと。

楽天では従業員満足度を実施していて、日本の企業平均が30%と言われているところ、僕が管掌することになった組織は当初35%という数値だったんです。この数値を、1年半で85%まで上げられたことは、非常に嬉しい成功体験になりましたね。

でもそうなってくると、自組織だけでなく、楽天全体に広げたい、日本全体に広げたいと思うようになりました。


大澤:あぁ、よくわかりました。日本という国をマクロに捉えて課題を感じたところから、この研究が始まったのではないかと思っていたんですが、自組織での成功体験とそれを広げたいという原体験があったのですね。それでこの大々的な研究が始まった、と。


松村:大々的かどうかは分かりませんが、分析と全体感が好きなんですよ。海外のビジネススクールで日本を相対化する視点ができたので、絵やデータで感覚的に分かるアウトプットが作れたら面白いかなと思いました。

日本がなぜ弱くなってきたのかを考える時に、”成功しすぎた後だから仕方がない”といった理論は結構あって、そういうサイクル論もあり得るのかなと考えたり、規定してしまわず広く思考するようにしています。

先ほど、僕自身が課題解決型人間だという話をしましたが、課題がなければ働かないとすると、その課題がなくなった時に、人はどんな風に、働くことに対するモチベーションを保つのか。現状否定があるから、何かを変えようと進化が起こるんですが、現状肯定してしまうと、働くことが難しくなる。この感じは、よく理解できるんです。


大澤:日本が停滞したのは必然だったと。


松村:そうですね。必然な部分はあると思います。ただ、そう言って何もしなかったらダメだったわけですが、日本はそれどころじゃないくらい落ち込みましたよね。僕は、油断しすぎて競争力を失ったんだと見ています。ただ、日本人自身の日本に対する見立てはバラバラです。

「平和で他にない文化がある素晴らしい国」「世界最高水準の国だ」と言っている人もいるし、「国の状況はまずいぞ」と思っている人も一部いる。自分の生活だけを心配している人も多い。現実に向き合おうとしないなとも感じています。


大澤:危機感の有無やその度合いだけでなく、その対象範囲も様々ということですね。


松村:まさにそうで、日本は自国のことを考える人が減っているような気がしますね。いくら自組織がうまくいっても会社がダメならダメだし、会社がうまくいっても、所在している国、楽天であれば日本ですが、その国自体がダメになったら元も子もないはずなんですが。


大澤:よくよく理解できました。


松村:さらに言えば、日本全体が、経済の停滞を感じている時に、「日本はダメだから自分だけはうまいことやろう」みたいな人が急増して、結果として社会全体が不幸になっています。


大澤日本を良くしていこうという機運よりも、自分さえ良ければ良いといった風潮が強くなって、国力が落ちているという見立てがあるということでしょうか。


松村:はい、その通りです。経済成長力がなくなったのは20〜30年前からのことですが、追随するように幸福でもなくなっているんです。これもまたデータ(PISA)があって、人生の意味を失っているんですよね。経済を押し上げる”仕事に対する熱意”と相関が強いのは、”人生の意味に対する認識”ですが、日本は世界最下位だということが分かります。

大澤:どういった調査なのですか。


松村:各国の15歳の学生に対して「自分の人生に意味や目的があるか」などといった問いを投げかけ、強く反対・反対・賛成・強く賛成のいずれかで回答するよう求め、人生の意味についての指標を作成するものです。OECD諸国全体で平均が0、標準偏差が1となるように設定されています。マイナスであれば目的や意味を感じられていないということになりますが、日本はご覧の通りマイナスで最下位なわけです。

大澤15歳頃の初期教育が、大人になってからの”仕事に対する熱意”にまで影響してくるということですよね。


松村:そうなんです。なので、仕事に対する熱意の低下は決して、職場の上司だけの問題ではないと見ています。共通原因としては、社会の空気なのか価値観なのか。


大澤:どう解釈するといいのかな。人生の目的や意味は、自分で見出すものだとも思いますが、早期に人生の目的や意味を持つことが、仕事に意味を持てるかどうかに影響してくるということなんでしょうか。


松村:この点は考察が必要で、まだ途中段階です。ただこのPISAという機関によるデータは興味深くて、日本に注目してもらうと、学力では世界で1位なんですよ。つまり、勉強はできるけど、人生の目的や意味を考えることについては、ノータッチなわけです。日本は学生に対して、学力を育成しているが、意義や意欲を育成していないと言えます。


大澤:おもしろくもあり、衝撃的なデータでもあります。


松村:ショッキングですよね。ここで重要な分析があります。国家の経済成長との相関を見ると、学力は経済成長に全然効果がないと見て取れます。日本は総力を上げて一体何のための能力を育てているのか、っていうことですよね。乱暴に言えば、ただの自己満足です。当たり前とも言えますが、ハードワークである方が国の成長には寄与するんです。


大澤:ここでぜひ松村さんの研究内容である、国家の成功要因についてお聞きしたいです。データは108項目で構成されていますが、この108項目は、社会の幸福とか経済の成長に効くとされている要因を集めてきたものなのですか。


松村:何を項目とすべきかは、思い込みに制限されないように、かなり広く集めました。人と話して仮説を集めたり、日本の強みとされている、長寿みたいな項目を入れたり。政治の論点になっているマニフェストに入っているものや、経営のアジェンダに入っているもの、学会での論点も集めました。あとは、ハードからソフトまでですね。

この分析からの非常に大きな発見ですが、これまでの108項目の中では、”社員の熱意”が、経済の成長と幸福の両方に効く、唯一の項目でした。因子のほとんどが、成長には効くが不幸になりやすい、か、幸福には効くが成長を妨げる、という傾向を持っているなか、仕事の熱意は、両方にプラスに働く因子であることが分かったんです。


大澤:就業率もありますかね。失業率が低い方がやはり、成長にも幸福にも効いてくるってことですね。


松村:日本は就業率が高すぎて、安定していますね。あとは、ゼット世代に特徴的な価値観項目は右下にプロットされることが多いです。幸福度は高まる一方で、国家としての経済成長はしない。

”社員の熱意”がキーファクター

大澤:成長と幸福は相反するかもしれないとは、多くの人が思っていることでしょうけれど、実際にそうなりやすいということが少し見えたわけですよね。ここ数年、各社がダイバーシティ(松村氏の108項目では、LGBTインクルーシブが該当)を良いこととして推進しているけれど、マクロの視点で見れば、幸福にプラスながら経済成長にはネガティブでもあるというのは、大きな示唆ですね。

そしてやはり、現時点では、”社員の熱意”が、国家の成功要因、成長にも幸福にも効くのだとしたら、この10年近く、働き方改革によって労働参加率は高まり労働人口が増えた一方で、熱意がある人が約5%しかいないということは大問題ですね。

松村:社員の熱意国際比較を見ると、国家の成功に最も需要な指標である、”社員の熱意”が世界最低水準で、しかも下がり続けていることが分かりますが、愕然としますね。


大澤:下記のグラフは、オープンワークに投稿されたクチコミを分析して作成した、”働きがい”・”働きやすさ”の10年間の推移なんですが、”働きやすさ”は改善されたことが分かります。一方で、”働きがい”は下がっている。日本人の労働に対する熱意が下がっていることは、いよいよ事実として認めなければいけないと言いたいですね。

ちなみに、”働きやすさ”が上昇すると、例えば退職が減ることで採用費が抑えられたり、生産性が向上したりすることで、利益率が上がり内部留保率も上がっていくことで、”働きがい”にもつながっていくという関連性が分かりました。さらに、”働きがい”と”働きやすさ”のデータが上昇すると約3年の遅効性を持って、売上が非常に上がりやすくなるという分析もできています。

松村:オープンワークさんのクチコミからの分析ですか。


大澤:情報公開をしている上場企業だけにはなりますが、クチコミに対して、IR資料から経済指標や財務指標も加味しています。働きがいなんて、企業経営に合理的ではないという声は結構あるんですが、データがもう証明してしまっているんですよね。

松村:遅効性があると言ってもたった3年ですよね。遅効性というよりも即効性があると言えそうです。


大澤:そうですね。3年間というのは、中期経営計画のスパンとも似ており、経営者が交代するタイミングとも重なるでしょうから、会社の変革・投資計画などによって、働きがいが上がるケースがあり、その結果利益にも繋がっていくのだと見ています。

オープンワークの分析データは、海外のクオンツファンドやヘッジファンドに購入いただいていて、彼らが投資する際の一つのオルタナティブデータとして組み込まれています。大きなファンドほどオープンワークのデータを参考にしてくださっていますね。


松村:3年間の遅効性を踏まえれば、その分先行投資できるということですよね。非常にデータとしての価値が高いですね。


”社員の熱意”を企業選びの指標とすることが第一歩

大澤:僕自身、社員の熱意や働きがいは幸福につながると考えているので、国家戦略として重要視すべきなんじゃないかとも思い始めています。今日松村さんとお話をして改めて、働くことについて考えたり、自分の可能性に目を向けてみたりすることで、労働は苦役なりという考え方を無くしたいと思いました。

そして、賃金が高いかどうかだけではなく、社員が熱意を持って働けているかどうかという指標で会社を測ってその結果を開示し、改善する活動が出てきて欲しい。こういう指標が開示されれば、その高さを目掛けて入社希望する人も増えると思うので、企業ができる第一歩としては、社員が熱意を持って働けているかどうかの指標をセットしたり、その数値を開示したりすることかなと考えています。

松村:近い思いですね。「ワークハッピー」を広げたいと思いますし、求職者が会社を選ぶ際に、社員の熱意が高い会社とか、大義がはっきりしている会社という指標を大事にするようになれば、企業側も大事にせざるを得なくなる。国のリーダーも会社の経営者も働く人も、それぞれに変わっていく時が来ていますね。


大澤:松村さんが作成された「国家の成功要因マップ」だけでも、まだまだ語りたいですよね。「内閣平均年齢」は経済成長に負の影響がありそうとか「集団主義」や「権力格差」は経済成長に寄与するけれども「個人主義」は幸福度にしか寄与しないとか、「博士号取得率」は経済成長に影響がないとか。これらについてはまた次回、ですね。

働きがい研究所

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