「社員による会社評価スコア」が高い企業のキャリア支援制度や社員評価マネジメント

はじめに

 「人的資本経営」の社会的重要性が提唱されるとともに、人的資本投資が拡充されるほど企業価値(株価)も高まるという傾向が報告(『有価証券報告書における人的資本の投資対効果に関する開示レーティング~日経225版 2024年3月期決算企業対象』)されたことで、企業のキャリア支援施策に注目が集まっている。


 このような中で、OpenWorkの社員クチコミデータをもとにした前回2024年下半期のレポート「退職者からも高いクチコミ評価を受けている企業とは」では、退職者からも「他の人にもすすめたい」という項目で高い評価を得ている企業を「人材輩出企業」と位置づけ(次のキャリアにつながる機会を労働者にもたらした)、その特徴を確認した。その結果、「待遇の満足度」や「風通しの良さ」だけでなく「人材の長期育成」といった項目で高い得点を得ているという特徴が確認された。待遇や職場環境のマネジメントも適正でありながら、長期的な人材育成も果たされていることが示唆され、まさに「人材輩出企業」と見なせる特徴であった。なお、「他の人にもすすめたい」評価項目は、「あなたはこの企業に就職・転職することを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問について0~10点のスコアが回答されたものである。


 そこで今回のレポートでは、具体的な人材育成に関する制度や取組、予算に着目して上記の評価項目得点との関係性について可視化していく。例えば、キャリア教育制度や起業能力開発に資する支援制度があるほど退職者からの「他の人にもすすめたい」という評価が高いのか、教育・研修費用を多く支払っているほど「人材の長期育成」の得点が高くなっているのか、などを確認する。これにより「人材輩出企業」と見なせるような労働者のキャリアへも経済社会へも貢献が大きいと考えられる企業が、具体的にどのような工夫や取組をとっているかを明らかにしたい。なお今回の分析では上場企業のHRM情報について収集された企業データ(※1)に「社員による会社評価スコア」(在職者も退職者も含む)を接合することで作成したデータセットを分析に用いている。

※1)人事制度に関するデータを分析するため「社員口コミデータ」を証券番号別に集計し、「東洋経済CSRデータ(雇用・人材活用編)」(以下CSRデータ)の2022~2024年の3年分のパネルデータに接合したデータを用いている。なお、本レポートのテーマについて別途学術的に分析、構成した成果を学術雑誌に投稿予定である。


社員の能力、成果、状態の把握に関する制度と「社員による評価スコア」の関係

 まずは「他の人にもすすめたい」や「人材の長期育成」に関する評価スコアを取り上げ、社員の能力・業績を評価、把握する制度の有無別に評価スコアが異なるかを集計し、スコアの平均値を散布図として図表1に可視化した。図表1を見ると、諸制度が「ある」場合の方が、「ない」場合よりも「他の人にもすすめたい」スコア、「人材の長期育成」スコアともに高い傾向にあることが確認できる。そのなかでも「従業員満足度調査」や「能力・業績評価結果の公開」、「能力・業績評価基準の公開」について、制度有無によって大きく評価スコアが異なっている。このうち評価項目に「社内資格」がある場合と「社外資格」がある場合の違いについて見ると、どちらも有無別の得点は非常に近くなっており、社内・社外どちらの資格かによって傾向が大きく異なることはないようだ。事前の予想としては、職能資格のような「社内資格」が評価される企業では日本的なメンバーシップ型雇用の特色が強いと考えられる一方で、「社外資格」がある場合についてはジョブ型雇用の特色が強いと考えられ、両者で違いがあるのではないかと考えていたが、双方で評価スコアにあまり違いが無い。また、社内外どちらかの資格を評価項目に設けている企業よりも社内外資格ともに評価項目に設けている企業の方が10.07%と多かった(※2)。おそらく、ひとつの企業内において「ジョブ型」が向くポジションと「メンバーシップ型」が向くポジションの双方が混在しており、どちらの資格も評価項目に設けることが多くなるのであろう。どちらか一方を評価する企業が少ないため、両者が似た傾向を示したと考えられる。

※2)社内資格のみがあるというケースが全体の4.41%、社外資格のみがあるというケースが全体の8.76%であった。


 以上の結果からは、社員の能力評価について予め評価項目を明示すること、従業員満足度(ES)調査を実施することで定量的な社員の状態把握を行うことなど、によって「他者にもすすめたい」、「人材の長期育成」といった評価が高まるのではないかと考えられる。なお付表1を見ると、評価制度の有無によって「人事評価の適正感」に統計的に有意な違いが見られない(P値が0.1を上回る)箇所がある。一方で社内資格や社外資格が評価項目にあるか無いかによって「人事評価の適正感」に1%水準で統計的に有意な差(P値が0.01を下回る)が見られる。資格などの客観的な評価項目が適正感を高めるのかもしれず、明確化や定量化や客観化といった工夫がますます重要になるであろうことが示唆される。また「20代成長環境」については非有意な結果が多く、評価制度等の有無と20代若手社員の成長との関係性は相対的に不明確と考えられる。


図表1 能力・業績評価制度の有無と「社員による会社評価スコア」の平均値


付表1 全評価スコア項目についての集計結果


キャリア形成に関する諸制度と「社員による評価スコア」の関係

 次に、キャリア教育の実施や複線型人事といった多様なキャリアパスがあるかどうか、社内FAのような新たな業務へのチャレンジを社内で制度化しているかなど、キャリア形成に関する諸制度との関係性について見ていく。ここでも「他の人にもすすめたい」、「人材の長期育成」について、各制度の有無別の平均値を図表2に掲載している。図表2より、どの制度についても制度がある場合に、ない場合よりも評価スコアが高くなっている。特に「モデルとなるキャリアパス・マップの提示」がある場合に「人材の長期育成」の評価が2.7を上回り、「新たな業務へのチャレンジ制度」や「複線型人事制度」がある場合に「他の人にもすすめたい」の評価が特に高くなっている。会社内に選択可能な複数のキャリアが存在し、それが明確に示されることが重要であり、社員からの評価が高くなることが考えられる。また「新たな業務へのチャレンジ制度」は「定期・不定期のキャリア相談」や「キャリア研修(役職者研修を除)の実施」とともに、制度が「ある」場合と「ない」場合との差も大きくなっている。「クチコミ」を書き込む労働者は比較的若い労働者が多いことが考えられ、現在の担当業務に拘るキャリアよりも研修、相談やチャレンジを通じてキャリアが広がる可能性のある会社が好まれている様子がうかがえる。


図表2 キャリア形成に関する制度の有無と「社員による会社評価スコア」の平均値


付表2 全評価スコア項目についての集計結果

会社外も含めた広いキャリア形成の制度化と「社員による評価スコア」の関係

 先の図表からは、キャリア教育や新業務へのチャレンジ制度など、自社内でのキャリアが広がる可能性を担保する重要性が示唆された。これより、社内だけでなく会社を超えたキャリア形成の可能性も「クチコミ」評価を高めるのではないかと予想される(※3)。そこで、他企業への出向取組、他社での副業・兼業の許可制度、転職者の再雇用(アルムナイ採用)制度といった企業の取組と、評価スコアとの関係について見ていく。人口減少から人員確保の課題が顕在化する近年において、自社社員を他組織に出すことに抵抗がある企業も多いと考えられるが、上場企業のデータであるためか「ベンチャー企業への出向取組」のあるケースが10.6%、「副業・兼業許可制度」のあるケースが36.5%と一定程度存在した。なおこのような取組は、自社にこれまでなかった新しい視点を取り込むことで、新たな業務や事業に展開させる目的も含んでいるであろう。そこで、「新規事業提案機会の提供」、「子会社社長に任命」といった取組についても同様に取り上げる。

※3)マクロミル・NPO法人クロスフィールズ(2019)「組織外の活動・経験に関する調査 結果報告書」、https://crossfields.jp/news/2019survey.pdfによると、組織外への越境活動によって「考えの異なる相⼿の意⾒を受け⼊れる⼒」、「相手が理解しやすいように物事を伝える力」といった力が得られたという回答が多くなっている。


 これら社外経験に関する諸制度・取組の有無によって評価スコアが変わってくるかどうかを図表3より確認すると、やはり制度や取組がある場合に評価が高くなっている。平均値の大きさについても多くの制度・取組が「他の人にもすすめたい」で4点台後半、「人材の長期育成」について2点代後半になっており、これまで確認した評価制度や社内キャリア制度が「ある」場合の数値と似ている。ただし、「ベンチャー企業への出向」取組があるケースでは「他の人にもすすめたい」が5点を上回り、「人材の長期育成」もこれまでに見た制度に比べて高くなっている。また「新規事業提案機会の提供」や「子会社社長に任命」がある場合の方が、「転職者の再雇用制度」や「副業・兼業許可制度」がある場合よりも評価が若干高くなっている。会社を超えたキャリア形成の可能性も「クチコミ」評価を高めるが、なかでも起業能力の開発に繋がるような項目が特に影響力が大きいと考えられる。


図表3 社外でのキャリア開発機会の有無と「社員による会社評価スコア」の平均値


付表3 全評価スコア項目についての集計結果

教育・研修費用の金額と「社員による評価スコア」の関係

 最後に各企業の2022~2024年の「1人当たりの教育研修費用」と評価スコアとの関係について確認する。ここではこれまでの可視化とは異なり、教育研修費用金額の5分位ごと(第5分位が最も費用金額が大きい、第1分位が最も費用金額が小さいグループとなるようにしている)に全評価項目スコアの平均値を集計し、うち3つの分位グループごとのレーダーチャートを図表4に可視化した。図表4を見ると、どの評価項目についても第5分位ほどスコアが高く、従業員1人当たりの教育研修費用が拡大すると評価も高くなる状況がうかがえる。またレーダーチャートを数値化した付表4を見ると、全評価項目の中でも「待遇面の満足度」、「法令順守意識」において分位グループ間での違いが大きく、ついでこれまで注目してきた「人材の長期育成」や「他の人にもすすめたい」についても違いが見られる。本レポートでは「人材輩出企業」の重要要素としてこの2つの指標に着目し、様々な制度や取組があるほど評価が高まることを確認したが、工夫や手間だけでなく費用をかけることの重要性も示されている。ただし従業員1人当たりの教育・研修費用は高業績企業や大企業ほど多く確保でき、好業績効果等を通じて社員からの評価が高い可能性もある。真に費用の影響で評価が高まっているかどうかを検証するためには、因果効果を検証できるより高度な分析が求められるだろう。


図表4 教育研修費用の第1・3・5分位ごとの評価スコア平均値


付表4 全評価スコア項目についての集計結果


まとめ

 以上複数の図表からは、社員の評価や状態把握、キャリア支援に関する様々な制度や取組があるほど人材育成に関わる評価スコアが高くなっており、様々な制度を充実させている企業ほど人材輩出力の評価が高いと考えられる。また制度や取組といった労力をかけるだけでなく、教育研修費用をかけることについても同様であった。多くの制度や取組をマネジメントしながら教育費用もかけるというのは大変なことである。しかしながら、人材育成に関する多くの企業努力は確かに社員からの高い評価に繋がり、無駄な努力はほぼ見られないということが重要な発見なのであろう。その中でも特に、「ベンチャー企業への出向取組」があるケースでは評価が突出しており、ベンチャー企業への出向で自社社員が成長を実感し、特に高い評価に繋がっていることが考えられる。このような取組については、リクルートワークス研究所(2024)(※4)が日本郵政グループの地方ベンチャー出向の具体事例を報告している。本事例では「出向期間は2年間で、メンバーは出向先で働きながら、日本郵政グループの資産を活用した課題解決ビジネスの創出を目指す」という紹介がされており、「新規事業提案機会の提供」と合わせた取組であることが分かる。また、地域・社会貢献の志を持った若手社員の離職が本制度の契機であったことも語られており、人材育成効果だけでなく「従業員エンゲージメント」を高める効果も期待されていると思われる。また中村(2020)(※5)では、スタートアップ企業への出向を「新規事業の推進体制の実現に向けた人材育成策」と位置づけ、従来と異なる環境・業務の経験ができることから「多様なステークホルダーを巻き込みスピーディーに新しい事業機会を切り開いていく人材が育成されていく」ことが指摘されている。キャリア開発と新事業展開の双方を同時進行させるといった複数のメリットを享受でき、社員による会社への評価も高まるのであればこのような取組はますます進んでいくのではないだろうか。

※4)『Works』183号「特集 Z世代 私たちのキャリア観 自分らしさと不安のはざまで

地方のベンチャー出向で志を実現できる環境を整える──日本郵政グループ」、https://www.works-i.com/works/special/no183/generationz-14.html

※5)『NRIパブリックマネジメントレビュー』Vol.206、2020年9月号、https://www.nri.com/jp/knowledge/publication/region_202009/03.html


 一方で社外経験の奨励策は、社外でも役に立つ一般的人的資本を高めることに繋がるため、離職リスクを高めてしまう懸念もある。Caliendo et al(2024)(※6)は、マネジメント層へのアンケートデータの分析から、マネジメント層は教育を受けた者が離職することに敏感であり、そのリスクの高い者への教育投資には消極的であることを指摘している。このような懸念ばかりが注目されるならば社外経験の奨励策は進んでいかないだろう。しかし、本施策にはむしろ離職リスクを下げる効果も考えられる。つまり、「社員による会社評価スコア」が高まり、このようなエンプロイヤー・ブランドの向上を通じて離職率が低下するという影響も考えられる。さらには採用ブランド力も高まり、採用がしやすくなる効果も期待される。本レポートの前半部分で分析された社員の能力・業績評価制度や社内でのキャリア形成に関する諸制度についても同様に評価スコアを高める傾向が確認されたため、まずは社内キャリアや評価に関する諸制度を充実させるなどによってエンプロイヤー・ブランドを高め、離職リスクの懸念が低くなったうえで社外経験の奨励策へつなげるという順序が合理的であるかもしれない。このようなメリットにも注目が集まり、様々な施策の広がりを通じて「人材輩出企業」が増えることが社会的にも「働く」者にとっても望まれる。ただし、エンプロイヤー・ブランドの離職防止や採用ブランド力への影響については「くるみん認定」や”Best Places to Work”といった企業表彰の観点から実証されているが(梅崎・島貫・佐藤,2020(※7)、Dineen and Allen,2016(※8))、「社員による会社評価スコア」の観点からは分析された例は無いため次回レポートで分析をしていきたい。

※6)Marco Caliendo, Deborah A. Cobb-Clark, Harald Pfeifer, Arne Uhlendorff and Caroline Wehner(2024) “Managers’ risk preferences and firm training investments”, European Economic Review, vol.161, 104616.

※7)梅崎修・島貫智行・佐藤博樹(2020)「公的な表彰・認定が中小企業の人材確保に与える効果」、『組織科学』、54(1), pp.2-15.

※8)Dineen, B. R., and Allen, D. G. (2016). “Third party employment branding: Human capital inflows and outflows following “best places to work” certifications”, Academy of Management Journal, 59(1), 90-112.


このレポートの著者:
公立大学法人 高崎経済大学 経済学部経済学科 教授 小林徹氏
株式会社JMR生活総合研究所、独立行政法人労働政策研究・研修機構などを経て2016年4月より高崎経済大学経済学部経済学科講師。24年4月より現職。専門は労働経済学、応用ミクロ計量経済学。



働きがい研究所

1,700万件以上の社員クチコミと評価スコアを持つOpenWorkが、データから「働きがい」を調査・分析するプロジェクト。質の高いデータが集まるOpenWorkだからこそ見える視点で、様々な切り口による企業ランキングや、専門家による分析レポートなどを発信しています。