残業時間から移り変わる、若手の「会社観の重心」

かつて、「長時間労働」「休みが取れない」というのは「ブラック企業」の定番ともいえる特徴でした。残業時間や有休消化率は数字で示すこともできるため、現在では新卒就職の際に学生が必ずチェックする項目にもなっています。一方で、近年の労働法の改正に伴う働き方の変化やコロナ禍によるリモートワークの導入によって、労働時間が短くなったり、休みがとりやすくなったりしている可能性が指摘されています。特に、長時間の残業については会社のルールが厳しくなり減少している、という方も多いのではないでしょうか。徐々に変わってきた日本の働き方。そんな中で、会社への評価の重心はどう変わっていくのでしょうか。


今回は、OpenWorkの社員クチコミデータを分析することで、会社の評価に対して、「労働時間の長さ」や「有休消化のしやすさ」がどの程度影響しているのかについて検証してみたいと思います。


残業時間や有休消化とのシンプルな関係

その会社で働くことを家族や親しい友人にどの程度勧めることができるかという尺度である会社NPS(ネットプロモータースコア: 0点が最低~10点が最高)と残業時間や有休消化率との全体の関係を見てみましょう。


図表1が残業時間との関係です。「0点・1点が最も残業時間が長く、会社NPSが高くなっていくにつれて残業時間が減っていく」、という明確な関係があることがわかります。


また、有休消化率との関係(図表2)についても同様に、「会社NPSが高いほど、有休消化率が高い」という明確な関係があることがお分かりいただけると思います。

こうしてみると、全体としてはやはり、「働く人から見て、残業が少なく、有給休暇が取りやすい会社は評価が高まりやすい傾向がある」と言えそうです。


しかし、今回は更に踏み込んだ分析をしたいと思います。ここに「年による変化」の視点を入れるとどうなるでしょうか。特に、「ブラック企業」に敏感であるとされている若手世代(20代)について検証してみましょう。


薄れゆく残業時間や有休消化と企業評価の関係

その視点で分析すると、意外な結果が見えてきました。図表3は回答した時期に20代だった回答者について、会社NPSと残業時間・有休消化率の相関係数を「退社時期ごとに」整理したものです。残業時間は長いほど会社NPSにマイナスの影響を与えるため負の数値に、有休消化率は高いほど会社NPSにプラスの影響を与えるため正の数値になっており、それぞれ数値が1に近づくほど関係が強いことを示します。


結果からは、「年を追うごとに、両者と会社NPSの関係性が薄れてきている」ことが分かります。

この結果からはある明確な傾向が見えてきます。つまり、「残業時間が長いことや有休消化率が低いことは、会社NPSを下げにくくなってきている」。あるいは、「残業時間が短いことや有休消化率が高いことが、企業NPSを上げにくくなってきている」とも言えます。


退社時期によって大きく変化している、という点も注目すべきです。20代の転職者がその会社を去る際に、その会社の評価の軸がこれまでは「労働時間や休みの取りやすさ」だったわけですが、その軸が変わりつつあることを示しているからです。


こうした状況の背景にある理由を考えてみましょう。大きな要因はやはり、社会全体の変化として、残業時間が減少していることや有休消化がしやすくなってきていることにあると考えられます(図表4、図表5)。


残業時間は2013年の月36.9時間から、2019年の月28.4時間まで、実に月あたり8.5時間、約23%も減少しています。また、有休消化率についても、2013年の39.3%から2019年の55.7%へ約16%と大きく向上しています。こうした仕事を取り巻く日本全体の環境の改善が、企業の評価における残業時間や有休消化の持つ意味を押し下げていると考えられます。一昔前であれば、自社の労働時間を短くしただけでアピールポイントにできたかもしれません。しかし今では、IOTを導入して生産性を高め残業を減らすこと、もっと休みやすくしようと改善をすることは「特別」ではなくなり企業責任になりつつあります。そんな社会において残業削減・有休消化率向上による効果は限定的なものとならざるを得ません。


つまり、かつてほどには、残業時間を減らし休みを取りやすくすることが働く人からの企業評価を高めることに繋がらなくなっているのです。

移りゆく、若手の関心

さて、それでは20代の企業評価の重心はどこに移りつつあるのでしょうか。


大きな変化を見せているものがOpenWorkのデータから見つかりました。1つは「20代成長環境」スコアであり、もう1つは「社員の士気」スコアです(図表6)。


若いうちに成長できる環境が組織にあることを示す「20代成長環境」スコアについては、2013年の0.308から2019年では0.385へと上昇。また、職場における仕事へのモチベーションの高さを示す「社員の士気」スコアについて2013年の0.264から2019年には0.328へと上昇しています。

まさに、会社NPSについては、残業時間や有休消化率との関係が薄れる代わりに、こうした成長や職場の雰囲気を示すスコアとの関係が強まってきているのです。


働き方が激変する時代に、企業は自社の評価をいかに上げて、優秀な人材を獲得し活かしていくのか。今回の結果は、労働時間の縮減や休みを取りやすくする、といった対策では効果が薄れてきていること、そして成長や環境といった目に見えない要素の重要性が上昇していることを明らかにしています。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。



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