年収UPがもたらす転職の意外な成否

転職の際に一番気になることは何でしょうか。上司との相性や働き方、育成機会、はたまた事業の将来性などたくさんあると思います。ただ、誰しも気にならないような顔をしていますが、やはり気になるのが「年収」です。日本人の転職は諸外国の転職と比べて、年収が上がりにくいと指摘されています。確かに周りでは、「やりたいことがやれるのであれば年収が下がっても構わない」「仕事のストレスやプライベートを重視したいのでお金の貰いすぎは怖い」といった話を聞くことも多くあります。今回は、OpenWorkの社員クチコミデータにおいて、転職前と転職後の企業について書き込んでいる個人のデータを用いて、年収の転職前後での増減と会社の評価がどのような関係となっているのかを見ていきます。


転職して年収はどのくらい上がっているか

まず、転職後に年収はどのくらい上がっているのかを見てみましょう。転職後の早い段階での年収を確認するために、転職後の企業へ2016年以降に転職した者に限定して分析します。また、転職前企業の退職年と転職後企業の退職年が接続している者に対象を限定しています。表1では、年収の増減の平均値と標準偏差を示しています。全体では42.8万円の増加、ただ標準偏差が大きいようにバラつきが大きいことがわかります。

また、年収の増減率の割合については表2にまとめています。全体では、同水準以下となっている方が過半数(合わせて50.6%)となっており、また、-10%未満も24.4%いることから、誰もが転職によって年収を上げられているわけではないことを示しています。

どんな人が転職後に年収を上げられているのか

非常に関係があるのは、当たり前ですが前職の待遇面の満足度スコアでした。待遇面に不満があるために、年収が上がる転職を目標として転職していく、という方々だと考えられます。逆に、前職の待遇に不満が大きくない層は、年収が下がる転職を厭わないようです。

また、前職企業との関係でもう一つの視点から見てみると、実は前職企業へのNPS(ネットプロモータースコア:会社への就労を友人・家族にお勧めできるかの度合い)が高い人ほど、年収が下がる転職をしやすいことがわかっています(表4)。前職を“ポジティブに”辞めているほど、転職時に年収にこだわらない傾向があります。もちろん、「待遇面での満足度」が高いことがNPSにも大きく影響しているためと考えられます。今の会社に不満を持って転職活動を行う者の方が、より数字で増減が分かりやすい条件面に強くコミットしているという傾向が浮かび上がってきます。より貪欲に良い環境を追及しているということでしょうか。

年収が上がることはどんな意味があるのか

転職前後の企業評価スコアから考えていきます(表5)。


分析の結果をみると、まずは転職後の年収が上がっている者ほど、転職後の企業評価が高まっているということがわかります。総合評価は、「25%以上増」層は+0.54ポイント。他方で「10%以上減」層では-0.17ポイントとなっており、年収が上がった層の総合評価が上昇しています。他の企業評価スコアの結果もみると、結果からは、転職によって年収が上がるということは、単に待遇が上がるだけではなく、士気や風通しなどの環境に対する満足度も高まる傾向があるという事実が浮かび上がってきます。ただ、年収が上がった層においては、社員の相互尊重は低くなる傾向があるようです。待遇への大きな満足と、相互に高め合うような職場の雰囲気は両立しがたいのでしょうか。

しかし、今回の結果からは転職者が年収交渉をすることの別の意義が示唆されています。「転職先の会社を好きになり、ひいてはよりパフォーマンスを高めたいのであれば、実は年収をしっかりと交渉すべきなのかもしれない」ということです。また、企業側も優秀な転職者に対して積極的に待遇を上げる提案をすれば、入社後その転職者の定着やハイパフォーマンスの発揮、企業との強固なエンゲージメント構築を促せる可能性があるのではないでしょうか。


日本でも転職が当たり前になろうとしている現代。これまで「年収は転職先の言い値で」というのが当たり前でした。しかし、転職者も企業も満足度を高められるような双方にとってより良い転職に向けて、「年収」というポイントはまだまだ考える余地があるのかもしれません。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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