働き方改革第一フェーズ、「労働時間短縮」で企業が得たもの・失ったもの

働き方改革法が成立し、様々な施策が施行されています。これによって、労働時間、有給休暇取得など日本の労働に関するルールが大きく変化しているところですが、一体どのような変化が起こったと考えられるでしょうか。OpenWork社員クチコミデータを元に考察します。


最も変化が大きいのが労働時間・残業時間が減ったことでしょう。大手企業では月60時間など、一定の時間以上の残業に対して例外を許さない姿勢で臨んでいます(もちろん、より厳しい水準で運用している企業も多くあります)し、長時間残業で名高い霞が関でも「月80時間以上の残業は稀になってきた」、という話を聞くことがある(もちろん現行労働法上、平均月80時間を超過する残業はできませんが、国家公務員は労働法の規制の対象外なのです)など、「労働時間」に対する見方は劇的な変化を遂げたと言えます。


こうした変化の影響はすでに数字として表れています。パートタイム労働者を除く無期雇用者の労働時間は2015年の年1996時間から2017年には年1972時間へと減少しています。

また、月残業時間をOpenWork社員クチコミデータで分析しても同様の傾向がみられています(正規雇用の従業員、現職企業への回答。以下全て同じ対象に対する分析)。


よく、働き方改革の第一フェーズは「労働時間縮減」、第二フェーズは「生産性改革」だとも言われますが、この“第一フェーズ”は順調に進行していると言えるでしょう。では“第二フェーズ”へ向けて、そして、日本の「働く」を新しいものにしていくことに向けて、労働時間縮減はどのような影響を個人にもたらしたのでしょうか。今回は、月残業時間の減少の影響について考えてみたいと思います。


残業時間は「業種を問わず」減少

残業時間が減った、と言っても、「業界によりけりである」というご意見があると思います。確かに、残業時間が元々多い業種(コンサルティング、マスコミ)や、景況感が特に良く仕事量が慢性的に多い(不動産・建設)とされる業種など、様々な企業があることから全体の傾向ですべてを説明できるとは限りません。そこで業種別に残業時間の推移を出してみました。

これを見てわかるのは、全業種において残業時間が減少していることです。全体では35.6時間から28.5時間であり2018年/2016年の時間比率は80.2%ですが、「金融」の74.6%をはじめ、「コンサルティング」77.1%、「サービス、小売、外食」77.9%など、実に2年間において20%以上の縮減率となっている業種が多数存在しています。


ここで労働時間縮減の影響について考えてみたいと思います。OpenWork社員クチコミデータにおいては、NPS(ネットプロモータースコア:「あなたはこの企業に就職・転職することを親しい友人や家族にどの程度すすめたいと思いますか?」という質問に0~10点で回答)を取得しています。この数値と残業時間の間には弱い負の相関が存在しており、残業時間が減少するにつれてNPSの平均値が上昇しています。つまり、残業時間が減ることと、所属している企業に対する「良いな」と思う気持ちが高まっていることが同時に発生しています。

ただ、NPSの変化については業種において大きな違いが発生しています。2018年と2016年の変化について、この「NPSの変化量」(縦軸)と「残業時間の比率」(横軸)をマッピングしたのが以下の図です。図の左側ほど残業時間の減少率が高く、右側ほど残業時間の減少率が低くなっています。そして、図の上側ほどNPSの変化が+に大きく、下側では-となっています。

こうしてみると、全業種において発生している残業時間の減少という状況が、NPSの改善につながった業種とそうでない業種がはっきり別れていることがお分かり頂けるのではないでしょうか。金融、マスコミ、メディカル、メーカー・商社といった業種では、NPSはマイナスとなっています。こうした業種では、「残業時間が減ったことによって、良いところが消えた」可能性があります。


労働時間縮減で企業が失ったものはなにか

こうした業種では何が起こっているのでしょうか。一つ目に想定されるのは残業の減少による年収水準の低下です。残業時間の減少とともに年収が減少していることが観測されています。2016年では568.2万円であった年収平均は、2018年には546.4万円となっています(現職企業に対する回答者、正規の従業員のみ)。


業種ごとに年収の2018年/2016年比率(縦軸)を出し、残業時間の2018年/2016年比率(横軸)とともにマッピングしたものが以下の図となります。

近似曲線(図中の点線)が年収と残業時間の全体的な傾向を示していますが、これより大きく下方に位置しているのが、「金融」と「メーカー・商社」になっています。つまり、全業種のなかで特に「残業時間の減少と年収低下が同時に起こってしまった」業種と言えます。この2業種はまさに、NPSが低下した業種でもあり、「今般の残業時間の減少などが原因の“年収水準の低下”が会社を良いと思う気持ちの低下に結びついている」可能性があります。


OpenWorkデータ上、年収とNPSには強い正の相関があることがわかっています。ただ、年収の低下が企業への思いに与える影響は、「残業代が給与においてどういった地位を占めているのか」や「残業時間が“手待ち時間”だったのか“実務時間”だったのか」といった要素に左右されるでしょう。例えば、いわゆる“サービス残業”の多い会社では、残業時間の減少は年収水準低下に結びつきませんからNPSにも悪影響を与えないはずです。また、“上司が帰れないと帰れない”企業文化の職場であれば、残業時間の減少は年収の減少にも結び付く一方でNPSの改善に寄与する可能性があります。他方で、“生活残業”(差し迫った業務のためではなく、生活費等を稼ぐための残業)をしている人が多い職場においては、残業時間の減少は年収の減少以外の何物でもないでしょう。


つまり、上記の結果からは、「金融」や「メーカー・商社」の社員は、残業代も含めた給与水準に対してロイヤリティを感じており、その良かった点は労働時間縮減により消えつつあるのかもしれません 。(ii)


更に、この2業種においては、20代成長環境スコアが全体平均と比べて大きく低下しており、この点も残業時間縮減において“失ったもの”と言えるでしょう。労働時間が長くなることを前提とした若年者育成の仕組みが回らなくなってしまっている、と可能性があります。

更に失ったもの。社員の相互尊重。

では、「マスコミ」や「メディカル」についてはどうでしょうか。共に残業時間の長い業種であり、残業時間が削られたことにより職場のコミュニケーションや相互理解などに影響があるのではないかと考え、職場の雰囲気を表す指標である「社員の相互尊重スコア」の数値に注目してみました。

全体平均がこの2年で大きく向上しているのと比較し、「マスコミ」「メディカル」の両業種では逆に低下してしまっていることが解ります。


因果関係は不明であるものの、ここでも労働時間の縮減が、両業種の良い部分であった「職場の雰囲気の良さ」を打ち消してしまった可能性があります。


真の「働き方改革」、実現のために

会社が社員に与える価値は、会社により様々です。今回はその“価値”のなかで、「給与水準の高さ」や「成長環境」、「職場における同志」などが、日本のいくつかの業種においては長時間労働と密接に関係していた可能性を指摘しています。


深夜まで残業をして何気ない雑談をした際に芽生える強い仲間意識、幹部が若いころから行われてきた下積み的な業務、そしてそれに伴う残業代が積まれた給与。こうしたものが当たり前ではなくなる時代が、労働時間改革によって出現しつつあります。働き方改革が真に完了するため、そして次世代の就業社会実現のために、会社はそれぞれの“価値”を考え直す必要があると言えるでしょう。


(i)日本経済団体連合会,2018,「2018 年労働時間等実態調査」 パートタイム労働者を除く期間を定めずに雇用されている労働者の労働時間

(ii)もちろん、景況なども会社観に関係してくるため、より複合的な影響が存在すると考えるが、全体の傾向として特定の業種にこうした傾向がみられたことを指摘する。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

働きがい研究所

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