退職者全体の6%「ポジティブ退職者」からこれからの個人と企業の関係を考える

「給料が安くて休みがない」「能力が低い人間が評価される」「自分の仕事以外に無関心な人ばかり」「会社の先行きが不安」・・・ほとんどの転職者は辞める会社にネガティブな感情を抱いて去っていく。しかし、転職が当たり前になる中で、会社と個人が憎みあうだけが転職ではなくなっている。前向きな別れを迎えている転職者とは。退職後の企業との友好な関係づくりは広げられるか。


“脱走”から“他流試合”へ。退職する社員と企業の関係

かつて、終身雇用が当たり前だった時代、企業を辞職し転職することは許されざる“脱走”と捉えられる面がありましたが、現在では“他流試合”を重ねた優秀な人材という見方で、社員の出戻りを受け入れている企業も増えてきました。


個人の側からすれば、旧来はひとつの企業において昇進・昇格を望み、同期社員と競争しながら切磋琢磨してきました。ここでは、一生勤め続けることが“個人と企業の良い関係”の数少ない在り方でしたが、今、この在り方は変化の時を迎えています。


人生100年時代の到来や第4次産業革命といった社会の大きな変化により、個々人のキャリアの考え方にも変化が生まれてきています。一つの企業に努め続けることはかつてより困難になっており、自身のスキルを高め、キャリアを自律的に作っていきたいと企業を渡り歩く選択肢「ジョブホッパー」も珍しいものではありません。


特に、企業での労働環境をフルに活かしつつ、更に上を目指して「卒業」していく個人の行動は、これまでの企業と個人の関係を超えた、積極的に自分のキャリアを作る行動だと言えるでしょう。


そこで、600万件の社員クチコミが会社に対する個人の評価のビッグデータとして集積しているVorkers(現:OpenWork)に掲載された社員クチコミを分析して、「勤めた企業を高く評価しつつも、退職した」「勤めた企業をポジティブに思いながら退職した」個人に注目して、これからの社会における新しい“個人と企業の良い関係”について考えてみたいと思います。いわば、同じ企業に対する“満足”でも、これまでの「企業を安住の地」とする満足ではなく、自分の「今後のキャリアのためのステップ」として満足している人に注目します。


勤めた企業を強くポジティブに思いながらも退職した、「6%」の人々

分析の対象としては、Vorkers(現:OpenWork)に2017年に掲載されたクチコミのうち、すでに評価対象の企業を退職した方のみを対象として検証します。


まずは、「勤めた企業をポジティブに思いながら退職した人」はどのくらい存在するのでしょうか。

総合評価スコアとして、退職した企業に対して5点満点で4.0以上を付けた方々は全体の6.04%でした(スコアの平均値は2.89)。この4.0以上を付けたこの6%の人々を本稿では「ポジティブ退職者」と呼称します。前職に高い満足感を得ていながらも、退職を選択した、という個人を指します。


一般的に、転職は今の組織に対して何らかの不満があり起こすアクションです。労働環境、待遇面、人間関係、社風、会社の将来性への不安、などなど、Vorkers(現:OpenWork)への投稿に書き込まれた退職検討理由には、様々な不満が書き込まれています。


その中でも、「挑戦できる環境を求めて」といった更なるチャレンジをするための退職や、「成長したいため」といったキャリアを充実させるための退職、「やりたいことが見つかった」という探求型の退職など、退職した企業に対して高い評価を持っていたが退職という選択をした人々が存在しています。


ポジティブ退職者は何に対してポジティブか

退職した企業に対して、退職した者は退職後にも様々なことを考えます。在職当時よりも広い視点で退職した企業が見えてくることもあるかもしれません。また、その見え方も一様なものではありえません。ここで、ポジティブ退職者は在職した企業のどのような点を評価している特徴があるのか検証してみます。

全体平均(退職済みの会社に回答している者全体、以下すべて同じ)を左、ポジティブ退職者の平均を中央、ポジティブ退職者平均/全体平均の比率を右に表示しています。


このデータからは、ポジティブ退職者は「人材の長期育成スコア」が高い方々が多く存在することがわかり、また、ほかには「待遇の満足度スコア」や「20代成長環境スコア」といったスコアも全体平均と比較し高い傾向にあります。「人材の長期育成」は特に高く、短期的な成長環境や待遇も重要ですが、企業がひとりひとりのキャリアパスについて相談に乗りながらともにキャリアを作っていくような環境が最終的なポジティブ退職につながっているようです。


残業は少なく、有給休暇は多く

ワークライフバランス面はどうでしょうか。バロメータとして、残業時間及び有給休暇についてみてみますと、ポジティブ退職者は残業時間が月あたり5時間弱短く、また有給消化率は15%余り高い結果となっています。


成長環境があるということは、時に「修羅場」などと言われるハードな環境が提供されることがありながらも、労働量についてハードワークになりすぎず、しっかり休みもとれるメリハリのある環境が、企業に対する評価に繋がる傾向が見えてきます。


新卒入社&正社員でなくても企業に対するポジティブな思いはうまれる

ポジティブ退職者となっている個人はどういった方々なのでしょうか。中途入社か新卒入社か、正社員かそうでないか、の二つの観点で整理したのが上の表です。


退職済みの方全体の平均と比べ、その両方ともに大きな違いがないことがわかります。ともに、中途社員の占める割合は56%前後、正社員の占める割合は80%台前半となっています。


中途か新卒か、という点はポジティブ退職者となるにあたって大きな影響はないようです。一般的に企業組織へのロイヤリティは新卒一括採用で生まれる同期の関係や、全体で行われる初期研修、入社年次意識、などによって育まれると考えられてきましたが、この結果は新卒でなくとも中途採用者でも、企業に対するポジティブな評価は生まれえる、ということを示しています。


また、待遇面や勤務環境面において、非正規の社員よりも正社員は優っている点がある場合が多くありますが、ポジティブ退職者における正社員の割合はむしろ全体より低い結果となりました。正社員とそうでない社員では、例えば、福利厚生面や教育訓練投資の額に大きな差があるなど、企業組織から得られるものには明確な差がありますが、一律に「正社員でない社員は退職した企業にポジティブな思いを抱きにくい」とは言えないようです。


在職年数。3年未満は少なく、一定以上長く在職している傾向

ポジティブ退職者について、在職した長さでの特徴はあるでしょうか。上の表を見ますと、在職期間が長い方がポジティブ退職者の割合が多く、短い方は少ない傾向があるようです。


例えば、大学新卒3年未満の退職者は「3年3割」とも言われ、早期退職者の代名詞のように使われます。早期退職は個人にとっても組織にとっても、回避したいミスマッチですが、 3年未満の退職者は、退職した企業をポジティブには評価しづらいと言えそうです。


高年収層は多いが、年収が低い層にも

※前職、もしくは現職の年収を聞いたものであり、厳密に退職時点の年収を調査したものではない


最後に、年収水準についても整理してみました。特徴としては、ポジティブ退職者には、高年収層は比較的多いが、年収が低い層も存在しています。所得は企業側からの評価指標のひとつであり、高年収のポジティブ退職者は組織と個人が相思相愛の状態といえるかもしれません。他方で、300万円未満の方も全体平均と同程度存在するため、年収が高い層のみが辞める企業をポジティブに評価しているわけではない点は留意が必要です。


良い別れは良い出会いを生む

兼業・副業や越境学習、学び直しなど、連日のようにニュースとなっており、この数年で急速に個人と企業の関係性が変わりつつあります。また、転職が当たり前となるなかで、かつてのように、個人がその企業だけで一生働くこと、その企業だけに一生忠節を尽くすこと、そんな関係づくりはもはや非現実的なものとなっています。


そんななかで、次の時代の良い関係づくりについて、辞めた企業を積極的に、前向きに評価して退職している個人の存在は、個人と企業の新しい在り方を提示しているのではないでしょうか。


個人と企業の別れが、憎むだけでなく、互いの良いところをおおいに認め合った上のものであったら。それは個人にとって「出戻り」のチャンスや、前職ネットワークを活用したキャリアづくりが可能となります。また、企業にとっても自社の文化や社内人脈を有しつつ外部の知見・経験を持つ、イノベーションの起点となる人材(“イントレプレナー”に対する“アウトレプレナー”といえるかもしれません)を育てたことになります。


論語には、「故旧は大故なければ則ち棄てず」(昔から付き合いのある者は、よほどのことがない限り見捨ててはならない)という言葉があります。これからの時代、退職することとなったとしても昔馴染みとなった企業と個人がいかに良く別れるか、そして、良い別れこそが良い出会いを生むということを、考える時期にあるのではないでしょうか。


このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール
大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。

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