在職した企業のことを非常に高く評価しながらも退職した個人が、今の日本社会には退職者全体のうち「6%」存在しています。(参考:退職者全体の6%、「ポジティブ退職者」からこれからの個人と企業の関係を考える)この6%の人々がどのような企業に所属しているのか、社員クチコミデータが集積されている「Vorkers(現:OpenWork)」のデータを分析し、見てみたいと思います。
大企業の方がポジティブ退職者は多い
日本は企業規模によって賃金に大きな差があることが知られています(※従業員数1000人以上の企業を100とした場合、99人以下の企業で72.6)。新卒採用においても企業の規模の大きさで志望度が大きく変わっています。
※厚生労働省「平成28年賃金構造基本統計調査」
では、ポジティブな退職者の多さと企業の規模にはどのような関係があるでしょうか。
予想通りの結果ですが、従業員5000人以上のいわば“超大企業”ではポジティブ退職者が8.3%となっており従業員規模別で最も多い割合となっています。他方、300人未満の中小企業では4.5%と割合としては5000人以上企業より少なくなっておりますが、中小企業においても一定の割合の方がポジティブに評価していることがわかります。
業種のポジティブ退職率は人気ほどの差はない
業界慣習、業界用語といった言葉があるように、業種は働き方に大きな影響を与えます。また、待遇の水準などにも影響があることから、業種の人気不人気が顕在化しているのが実情です。
ポジティブ退職率は、コンサルティング業種の企業が高い傾向にありますが、このコンサルティング業種以外については4~6%台と横並びであり、新卒市場などにおける業種別の人気差の大きさと比較するとポジティブ退職率に大きな差は発生していないといえます。人気業種だからポジティブに辞められる、不人気業種だから不満のある人ばかり、とは言い切れないのです。
仕事の内容(職種)よりむしろ役職が影響している
営業、企画、開発、といった職種が違えば仕事の内容も異なり、働き方も大きく異なります。当然不平不満に思うことや仕事のやりがいも異なるところですが、実はポジティブ退職率には大きな違いがありません。一方で、役職別にみると係長・主任クラスから、課長、部長クラスへと移り変わるにつれて、ポジティブ退職率は大きく上昇します。仕事の内容自体というよりも、企業の中でのポジションがその企業への評価に影響しています。
なお、実は役職の有無について、同年齢層で比較してみると、若い年齢層においては役職名を保有している方がポジティブ退職率が高い傾向があります。例として、「係長/主任」の役職であった者におけるポジティブ退職率と、全体のポジティブ退職率について、年齢層別で比較したのが下図となります。29歳以下では、係長/主任であった者のポジティブ退職率は8.0%と全体のポジティブ退職率5.4%より高い水準にあります。他方、30代となると、この差がぐっと縮まりますから、早期の役職付与は企業への積極的評価に繋がりやすい傾向がありそうです。
個人と企業の関係性とポジティブ退職率
個人が所属する企業の人に対するスタンスによって、個人の評価は変わってきますが、ひとつの例として企業の人材育成スタンスとポジティブ退職率を業種別にマッピングしたのが下の図です。
各業種の数値を平均した値に赤い線を設けており、それによって区分されています。この区分は4つありますがそれぞれごとに現状の特徴や課題は異なると言えるでしょう。
※「Vorkers(現:OpenWork)」社員クチコミデータの業種は、「業種」及び「分野」に基づいて特定可能な業種のみを集計
※個人主体のキャリアづくり率については、厚生労働省「能力開発基本調査平成28年版」より、個人調査、「能力開発の責任主体」より、A:労働者の能力開発方針は企業主体で決定する、B:労働者の能力開発方針は労働者個人主体で決定する、の設問においてBを選択した企業の割合を記載
※「Vorkers(現:OpenWork)」データと「能力開発基本調査」の業種を比較するにあたり、「メディカル」は「医療・福祉」、「メーカー」は「製造業」、「インフラ」は「電気・ガス・熱供給・水道業」、「外食」は「飲食サービス業」と突合している
① 右上の領域(情報通信、外食)
- キャリアづくりの自律性が、企業に対する評価に繋がっている。
- 「ポジティブ退職率が比較的高く、個人主体のキャリアづくり」領域です。
個人が自律的にキャリアを作るという志向を企業が重視し、その志向を前向きに個人がとらえ、退職するときにもポジティブに一歩を踏み出しているという状況にあります。他方で、特に外食業については人材投資額が少ない傾向もあり、何かアクションを起こそうと思った場合の企業のサポートは受けにくいですが、現場でノウハウを吸収して独立しようという個人の気持ちが強いことと外食業の自律的方針がマッチした結果としてポジティブ退職者が多い可能性があります。
② 左上の領域(運輸、メディカル)
- 企業の育成方針の不在が、個人の不安に。
- 「ポジティブ退職率が低く、個人主体のキャリアづくり」領域です。
個人の自律性に任せた人材育成方針の企業が多い一方で、退職者は企業を積極的に評価していません。例えば、職場においての今後のキャリアパスが見えていない、もしくは自分が何年後かにつく仕事が魅力的でない場合、個人がこのまま同じ組織にいてよいのか不安を抱いている可能性があります。実は、自律的な方針がこうした不安を増幅させており、企業を積極的に評価できない状態になっているのかもしれません。放置と自律は異なります。数年後、10年後までのキャリアパスを個人に提示するなど、企業が一定の方向性を示してあげることが有効かもしれません。
③ 左下の領域(メーカー、小売、インフラ)
- 企業主体のキャリアづくりがもはや機能していない。
- 「ポジティブ退職率が低く、企業主体のキャリアづくり」領域です。
多くの日本企業(全体で77.1%)が企業主体で労働者のキャリアづくりを行うと回答しています。特に企業主体の企業が多いのが③、④の領域で、③の領域はこの企業主体キャリアづくりがもはや機能していないと言えます。長期雇用のなかで企業の人事に従っていれば一定のポストが得られ、経済的にも社会的にも一定の達成感が得られた時代ではありません。この領域の業種では、企業に個人が従うのみでなく、企業と個人が対話し、個人が企業の支援を受けながら自己のキャリアを設計していくシステムに転換していかなければ、企業と個人は良い関係を構築しなおせないのではないでしょうか。
④ 右下の領域(不動産、建設、金融)
- 伝統的な日本的雇用がいまだ成功している。
- 「ポジティブ退職率が高く、企業主体のキャリアづくり」領域です。
企業が個人の職業人生を決定する。転勤、異動、労働時間、そういった要素を企業が先導的に個人に与えることで、個人は目の前の仕事に集中することができます。特に金融業はこの領域で最も明確なポジションにおり、新卒からの長期雇用・年功序列の仕組みのなかで、企業主導のキャリアづくりが企業への前向きな評価に繋がっている状況です。こうした「守って貰えて幸せ」という状況は、望ましい在り方の一類型であるとは言えますが、今後企業の業績の悪化などで企業が主導的に労働者に与えてきたポストや給与などが与えられなくなった場合、大きな困難に直面することとなるでしょう。
さて、今回はポジティブ退職率という尺度を用いて、所属する企業の属性によって企業への評価がどう違ってくるのかを検証しました。あの企業は良かった、という際のトーンは人により大きく異なります。「企業に守って貰えたから育てて貰えたからよかった」(非自律的・企業主導)、というのと、「好き勝手にやらせて貰えてよかった」(自律的・個人主導)というのは全く異なります。
それぞれの路線のなかで、それぞれでポジティブに退職している個人がいるわけですから、企業の知名度や待遇だけでなく、どちらの「良かった」が向いているのか、ひとりひとりが自身の向き不向きを考えたうえで企業の選択をしていくことが、ポジティブ退職を増やしていく有意義な手段となることでしょう。
このレポートの著者:古屋星斗氏プロフィール大学院(教育社会学)修了後、経済産業省入省。産業人材の育成、クリエイティブビジネス振興、福島の復興支援、成長戦略の策定に携わり、アニメの制作現場から、東北の仮設住宅まで駆け回る。2017年、同省退職。現在は大学院時代からのテーマである、次世代の若者のキャリアづくりや、労働市場の見通しについて、研究者として活動する。非大卒の生徒への対話型キャリア教育を実践する、一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。
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